那須神社に、松永弾正の服の家紋と似た家紋あった。天井でわかりづらいけど。日光東照宮のヤバすぎる家紋に、似ているけど。少し、車輪や舵に見えないので、なき龍の家紋の方がしっとくらう。八スペードと八カタバミと、真ん中になんかの花だったけど、なき龍の家紋の方が良く、できている。ネーミングだけで、考えたらわからないけれど。これ、松永弾正の子孫が、2代目服部半蔵、松尾芭蕉が、天才で大田原市、栃木県北に来たと証明できるかも。天空の龍と、夫婦獅子がポイント。
わざと、奥の方に参拝するところがあった。これも、横からいざという時に、木の間から挟み込めるようになっている。木は、多くなくてそういう構造なので。あと、偽物っぽいんだけど、かなりポイントを得た、逃げ道が確保されている街の構造と、城の構造。逆に、城は体を張って、敵を見張る仕組みになっている。
国際医療福祉大学の構造も、北からは強く、南に続く道の西からは、弱くなっている。だけど、そこには大田原城がある。大田原城は、大きくなくて、人間の習性的に認知がずれづらくなっている。
那須神社に、松永弾正さんが使っていた家紋あった。けっこう、家紋を工夫して考える人だとわかった。明智光秀と、2代目服部半蔵も同一人物かもしれないけど。
徳川家康と、2代目服部半蔵の違いは、徳川家康は、やることが少なくなり、愛人に走ってしまったこと。2代目服部半蔵は、日光東照宮や、黒羽、大田原で、伊達家から守るため色々工夫したこと。天才は天才でもその違いがある。生まれた年が少し違くてもう。かなりの工夫が、栃木県県北にある。異次元にヤバすぎる工夫が。
大田原城は、戦国から明治まで、一番上の藩主の武将の名前が変わらなかったみたいです。本当に、難攻不落の地理と、与一の里の道の駅の与一のさとの博物館にありました。ここにも、本物に見える偽地図と、偽物に見える本物の地図があって面白かった。三百円なので、本当にものは多くないけど、価値はある。






